| ◆ 越前漆器の深い味わい。そこには約1500年の歴史が塗りこめられている。 |
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「うるし」という言葉には、かつて「潤夜」、あるいは「潤美」の字があてられていたこともあったとか。暮らしの中で漆と深く結びつき、こよなく愛し慈しんできた、私たちの遠い先達の漆への思いが、そのまま言葉になったかのようです。そしてその思いが形となり、色となり、得も言われぬ光沢となったとき、うわべの華やかさを突き抜けた奥深い美しさをたたえる、今日の越前漆器が生れました。漆が生活のすみずみに息づく越前。優しく温かい漆器をはぐくむ越前。越前は、そんな潤いに満ちた麗しき漆の国なのです。
越前漆器の起こりは、約1500年の昔にさかのぼるといわれています。 古墳時代の末期にあたる6世紀。第26代継体天皇がまだ皇子のころ、こわれた冠の修理を片山集落(現在の福井県鯖江市片山町)の塗師に命じられました。
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塗師は、冠を漆で修理するとともに黒塗りの椀を献上したところ、皇子はその見事なできばえにいたく感動し、片山集落で漆器づくりを行うよう奨励しました。これが今日の越前漆器の始まりと伝えられています。 また、越前には古くからたくさんの漆かきがいました。漆かきとは、漆の木にかき傷をつけながら漆液を採集する職人のことで、最盛期には全国の漆かきの半数を占めたといわれています。日光東照宮を建てるとき、徳川幕府は大量の漆液の採集を越前に命じたとか。越前の漆かきが、どんなに高く評価されていたかが分かります。こうした漆かきの存在も越前漆器の産地形成に大きな役割を果たしています。 |
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